私の表現活動
<私の表現活動>
私のこれまでの表現活動を年代別に
簡単にふりかえると次のようになります
| ・1960年代・・・・・・ | 「有限であるが故に無限を求めて活動する矛盾体」が生命の本質であるとし、それを形象化しようとしました。 |
| ・1970年代・・・・・・ | 生命のかたちが、さまざまな場所で展開するドラマが作画の主題となりました。 |
| ・1980年代・・・・・・ | 前半は暗く閉ざされた湖底に場所を限定してフィクションの世界を展開し、実在しない生き物を実在するかのように描くことを目指しました。 後半は鳥や樹などの具象的題材を中心にした表現を展開しました。 |
| ・1990年代・・・・・・ | 自分だけでなく重力が描くという方法で、人間像を中心にする表現を展開しました。竹や角材を使って方形に限らない画面もつくられました。 |
| ・2000年代・・・・・・ | 重力の持つ精神的意味を表現したいと願ってます。木材を立体的に構成したりして「重力の意志」の形象化を試みています。 |
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| 湖底の不可視生物 |
| 湖水の中は水深30mをこすあたりかで濃青色の世界となり、水深50mで暗闇がおそい、80mから100mではまったくの暗黒の世界であった。 その暗黒の湖底の世界にはおどろくほど大きな眼を持った生物や複数の眼を持った生物が浮遊していた。 それらの浮遊生物には少しの光にも敏感なものや眼の機能を失ってしまったものがいたが、明確にその姿をとらえようと強い光をあてると彼等はその姿を消してしまった。 強い光があたった瞬間に彼等は液化し、湖水化し、死滅した。 水深200mから350mの湖底にも彼等は生存していた。彼等は永年の浮遊生活ののちに湖底の岩にとどまり、変質し、岩と一体となってかさなりあい記念碑のように立ちならんでいたが、それらを私達は石化生物と名づけた。 湖底の石化生物は生の完結をうたうように誇らしげにみえたが、彼等もまた強い光にあたると瞬間にくずれて砂となり、さらに深いところへ沈んでしまった。 強い光に照しだされた湖底の世界は、液化した浮遊生物による水の動きと砂化した石化生物によるわずかな水の濁りを感知するのみであった。 そして次の瞬間にはおそろしく静まりかえった無の世界がつづくのみであった。 したがって湖底の浮遊生物も石化生物も不可視生物である。 私達は彼等を水中カメラでとらえることもできなかったし、彼等を水面にひきあげることもできなかった。 彼等は水深10mあたりの低水圧の中でも変化をおこし、水となり砂となってしまったからである。 |
| (1980年8月) |
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